F爺・小島剛一のブログ

漢字廃止論者の故・梅棹忠夫の著書のごく一部を引用します。この記事の主題は「漢字排斥の様相」であって文意の分析ではないことを初めにお断りしておきます。

「訓読みの漢字を排斥する」試み

『地球時代の日本人』(梅棹忠夫、1980年、中公文庫)の「文庫版のためのまえがき」の冒頭の段落を引用します。

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　一九七四(昭和四九)年の秋にこの本の元版がでたとき、わたしは、この本ができるだけたくさんの読者によまれて論議のタネになってほしいとねがった。この本の主題になっているところのものは、日本にとって、また日本人にとって、ほんとうに緊急かつ重要な問題であると、わたしは信じていたからである。さいわい、ひろくよまれたようであるが、わたしのねがいが十分にみたされたわけではない。当時としては、問題意識がいささか先ばしりしすぎていたのかもしれない。
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この文章は、日本語として不自然です。文体と漢字遣いの二点に分けて論じます。

　逐誤訳文体

　　　擬似受動態

「できるだけたくさんの読者によまれて」(1)
「さいわい、ひろくよまれたようであるが」(2)
「わたしのねがいが十分にみたされたわけではない」(3)

欧文和訳の下手な見本のような書き方です。F爺の代案を示します。原文の語彙や言い廻しを尊重しています。F爺自身が全文を書き下ろした場合とは、勿論、異なります。

(1)「出来るだけ多くの読者に読んでいただいて」

(「読まれて」は、本来「勝手に読まれて迷惑だ」という意味なのです)

(2)「幸い、広く読んでもらえたようだが」
(「幸い、多くの読者を得たが」 といった書き方も出来ます)

(3)「私の願いが叶ったとは言えない」

(「願い」って、「満たす」ものではないはずです)

　　　「関係代名詞の擬似翻訳」体

「この本の主題になっているところのものは、」は、翻訳調の悪文の見本です。自然な日本語では、単純にこう書くのです。

「この本の主題は、」

　訓読み排斥

梅棹忠夫は、故意に平仮名・・・とカタカナ二文字・・・をずらずら並べて
「でたとき、わたしは」
「よまれて」
「タネになってほしいとねがった」
「ほんとうに」
「さいわい、ひろくよまれたようであるが、わたしのねがいが」
「みたされたわけではない」
・・・
と書いています。

〈漢字など無くても日本語文の意味は解ることを証明するために〉、段階的に漢字を減らさせるべく、意図的に「先ずは訓読みにする漢字を出来るだけ平仮名書き・カタカナ書きにしている」のです。

漢字廃止論者だから当然と言えば当然ですが、その書き方の齎(もたら)す甚大な弊害には気付いていなかったのでしょうか。

　　　訓読みの漢字を使う例外

上に引用した文の中で梅棹忠夫は、「秋(あき)」と「先(さき)」を、訓読みなのに、漢字で書いています。訓読みを完全に排斥したら意味が解らなくなることを実は承知していたのかもしれません。

また、漢数字の「一九七四(昭和四九)年」という文字列に、「七や四を必ず音読みにしろ」という無体な注釈は付けていません。

漢字は訓読みがあるから意味が解る

結論を先に言うと、「漢字は訓読みがあるから意味が解る」のです。言い換えると
「訓読みの分からない漢字は意味が解らない」(*)
のが普通です。

(*)「分からない」「判らない」「解らない」の使い分けをまだご存じない方は、ご自分でお調べください。

実例を一つ挙げます。

　実例

「蛋白質」の「蛋」って、どういう意味でしょうか。

小学生にこの質問をしたら、首を傾げるまでもなく
「分からない」「知らない」
と言うでしょう。小学校の教科書にはカタカナで「タンパク質」と書いてあると聞いたことがありますが、Fお爺ちゃんは、子供の言うことを疑って掛かっているような印象は与えたくないので、教科書を持って来させての確認はしていません。

「蛋白質」の「蛋」が「卵」という意味だということは、大人でも知らない人がたくさんいます。

その原因は、「蛋」を訓読みにすることがごくごく稀だからです。

　漢字を廃止した場合の日本語の末路

梅棹忠夫自身は、【子供の頃から訓読みを習っているから音読みにする漢語も理解できていた】はずですが、次の重要なことを見落としています。

【かりにくんよみにする漢字をすべてひらがながきにしてしまったら、くんよみをならっていないこやまごやひまごには音よみの漢語をみせられてもなんのことかわからなくなってしまう】
(= 仮に訓読みにする漢字を全て平仮名書きにしてしまったら、訓読みを習っていない子や孫や曽孫には音読みの漢語を見せられても何も理解できなくなってしまう)

漢字一つ一つの意味が解らないと、漢字を二、三、四文字連ねた熟語の意味も解らなくなります。その次の世代ぐらいになると、日本語は崩壊して、何か別の物に成り果てるのです。

そして、宣命書(せんみょうがき)以来の日本語文献は、ごく一部の専門家以外には誰にも読めなくなってしまいます。

教育や報道から漢字を廃止した朝鮮半島の二つの国家のように、またアラブ文字を排斥したトルコ共和国のように、伝統の文字を捨てたために自分たちの歴史を自ら確認・検証することの出来ない集団が出現します。独裁政権がいくらでも情報操作を弄することが出来るのです。悪夢のシナリオです。