帝国ホテル

長い前置き

火狐さんからブログ記事「日本語廃止論(3)」に届いた二通目のコメントに、
〈近畿大学が名称の英語表記を従来の「Kinki University」から「Kindai University」に変えた〉
というニュースのご紹介がありました。理由は「Kinki」が「kinky」と同じ発音になって笑いを誘うから、ということだそうです。

火狐さんのご意見と同じ考えなので
「そんなことを気にするのは、愚かなことです」
と返信に書きましたが、日本の「帝国ホテル」の英語表記がフランス語人の失笑、苦笑を誘い、笑い話の種になることに言及して、その理由はわざと詳しく書かないでおきました。

すぐにY.M.さんからコメントが届きました。

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テ　コキュー　ホテルで正解でしょうか?
お前はコキュー(妻を寝取られた男)だと言われてびっくりするでしょうね。
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正解です。ただ、品格のあるフランス語ではないという事情がありますから、説明が必要です。

この記事は、その説明のために立てることにしました。

本文

「帝国ホテル」の名前の英語表記は、「Teikoku Hotel」です。

後半の「hotel」は、元々フランス語の「hôtel」が英語に入った言葉ですから、何の問題もありません。くすくす、にやにや、にたにた笑いの種になるのは、前半の部分です。

「Teikoku」という文字列をフランス語式に発音すると、卑俗なフランス語の
「T’es cocu.」
という文と同じになります。

「お前は、寝取られ亭主だよ」
ぐらいに翻訳できます。浮気女房の亭主を蔑んで言う言葉です。ところが、「長い前置き」にも書いたように、はっきり言ってフランス語として下品な表現ですから、良く知らないフランス人を相手に時も場所も弁えないで話題にして構わないことではありません。

ところで、フランス人やベルギー人が「名称のせいで帝国ホテルに泊まるのをやめた」という話は聞きません。

「名前のせいであのホテルに泊まるのを避けた」
などと言ったら
「あ、身に覚えがあるんだな。噂が今以上に拡がっちゃうと困るのか」
と揶揄されて、却(かえ)って不名誉なことになるのです。

規範文法

文法的規範を尊重したフランス語では
「T’es cocu.」
ではなく、
「Tu es cocu.」
と言います。

ところが、そう言い換えてみても「格調高い」ことにはなりません。この「cocu」という言葉自体が卑俗な語であって、教養のある礼節を弁えた人は全く別の言い方をするのです。

それに、他人の私生活の細部を話題にすることは、「品性卑しい」と評価されます。

特に、この文のように面と向かって「お前は・・・」と言ったら侮辱ですから、たとい事実だったとしても(いや、事実だったらなおのこと・・・)相手の虫の居所によっては前歯の一本ぐらいはへし折られる覚悟をしていないと口にしてはいけない台詞(せりふ)です。

フランス語を習っていても、たどたどしくしか話せないうちは、話題にさえしないほうが良い種類のことです。

カタカナ表記

Y.M.さんからのコメントの一行目に、こうありました。

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テ　コキュー　ホテルで正解でしょうか?
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フランス語の「cocu」を「コキュー」と転写した例を見るのは、初めてです。フランス語では文節の最後の母音は必ず長くなる(*)(**)ので「コキュー」と書くことにも一理はあるのですが、それだったら「Paris」を「パリー」と、「escargot」を「エスカルゴー」と書かなくては辻褄が合いません。

(*) 文節の最後に曖昧母音の「ə」を発音する方言がありますが、この母音は決して長母音になりません。標準フランス語では「ə」を文節の終わりで発音することは無いことになっています。

(**)「長くなる」と言っても、カタカナ転写する時に長音記号「ー」を付けたくなるほど必ず明確に長くなるわけではありません。「コキュー」という転写は、F爺にとっては非常に奇異です。

日本語の「ホテル」は、フランス語の「hôtel」が英語に入って「hotel」となってから伝わったものです。フランス標準語では、単独の「h」は常に黙字です。「ホテル」ではなく「オテル」と発音します。

(この記事は、暫定的に「擬似言語論」のカテゴリーに入れますが、後で独自のカテゴリーを創設するかもしれません)