26番・金剛頂寺から吉良川まで

2016年□月○日。25番・津照寺のお参りを無事に済ませて、26番・金剛頂寺へ向かいます。

津照寺から2.6kmほどで一軒宿「民宿うらしま」のそばを通ります。そこから内陸へ600m入った所の左側に徒歩専用の登り口があります。地図によるとお寺の標高は165mですから、大したことはありません。

26番・金剛頂寺

金剛頂寺で一息つきました。参拝を済ませた後、大師堂から石段を下(お)りて来て、途中で右側へ廻り込み、下の右側の柵に付いている扉を開けて通り、さらに進むと宿坊に至ります。そのそばを通って裏門から出ました。この時、午後4時半でした。

F「前回は、この先で道を間違えて『不動岩』という所に下りて遠廻りになってしまったんです。遍路マークを見落とさないように気を付けて行きましょう」

遍路地図に記してあることと現実の道には、かなり食い違いがあります。今回は、NMさんと二人でよくよく遍路マークを確かめながら進み、道を間違えること無く「キラメッセ」という意味不明の名前の付いている「道の駅」のそばに下(お)りられました。

再び国道

その辺りからNMさんが今晩の宿「蔵空間　茶館」に
〈到着が遅くなる〉
と連絡したのですが、その電話をした場所は憶えていません。

「黒耳第一」と書いて「くろみだいいち」と読むバス停の前を通ります。
F「ここが黒耳(くろみ)・・・、確か吉良川は次の集落です」

やがて国道55号線を逸(そ)れて右の方へ進み、「東ノ川」に架かる橋を渡り、吉良川の集落に入ります。その後、遍路マークに従って進んで行くと、ちょっとの間「元来た方向へ戻る」形になって不安になります。
《この道・・・大丈夫かな。あ、憶えてる。間違ってはいない。この少し先で二回続けて右へ曲がるはず》

ぼんやりとは言え憶えていた通り、右へ曲がり、もう一度さらに右へ曲がるとはっきりと見覚えのある吉良川の家並みが見えました。ああ、良かった。

「蔵空間　茶館」の出迎え

少し先、左側にある「蔵空間　茶館」に着いたのは、6時近くでした。入り口に立っていたご夫婦が笑顔で声を掛けて来ました。
「NMさんとFさんですか」

《あれっ、あんまり遅いので心配して出迎えたのかな・・・》

「そうです。どうも遅くなりました」
と、少し慌てながら挨拶しましたが・・・杞憂でした。ご主人がこう言ったのです。

「いや、実は、昼食のお客さんが5時までいて、宿泊のお客様のためのご用意が遅れてしまっていたんです。却(かえ)って好都合でした」

案内に従って門を潜(くぐ)ります。敷地の左手に一棟、庭の奥の方にもう一棟、日本家屋が建っています。その二棟が客室なのだそうです。右側に並んでいる建物は、食堂とお風呂場だということで、右の一番奥にあるのが調理場のようです。

明治時代の建築だという昔懐かしい様式です。玄関の上り框(かまち)も、畳の室(へや)も、板敷きの廊下も、60年前の秋田県なら「普通」だった環境です。SF小説の表現を借りると「タイム・スリップ」してしまったような不思議な感覚でした。
《ここで泊まった先輩お遍路さんたちが「独特の空間」と言っていたのは、これのことだったんだ・・・》

海鼠瓦

ご主人が、この時に少しだけ、そして夕食の後でずっと詳しく、この宿の建物の壁の「海鼠瓦(なまこがわら)」の説明をしてくれました。
〈一枚一万円はするので、補助金が下りないととても改修は出来ない〉
ということでした。2016年の末から改修工事に入るので、数ヶ月間は休業するのだそうです。

F「・・・とすると、私たちは、改修前のちょうど良い時期に来たわけですね。以前、何度も吉良川を通りましたけど、どういうものか、いつも定休日の木曜日に当たってしまって、ここでは泊まれなかったんです」
ご主人「おやおや、そうでしたか。今は、水曜日と木曜日と週に二日、定休日にしています」
F「えっ、水曜日もですか。知らなかった。今日は・・・水曜日でもない。これは、本当に運が良かった」

最初の棟に上がり込みます。中は広々としています。

蚊帳(かや)

ご主人「木造で密閉できない造りなので、蚊取り線香を焚きます。空調も、ありません。後で布団を敷いたら、蚊帳(かや)を吊ります」

「蚊帳」だって!? こりゃ、ほんとに、60年前にタイム・スリップだ。

NMさんとF爺は、それぞれ一棟を占領して、ゆったりと夜を過ごすことになりました。

到着が遅かった分だけ時間がずれて、夕食は7時からということになりました。それまでの間にお風呂と洗濯です。そのお風呂が・・・建物も、戸口も、風呂桶も、明治の香りのする木製のものでした。
《お祖父(じい)ちゃんが元気だった頃に還(かえ)ったみたいだ》

もう戻って来ない「古き良き時代」の日本の雰囲気を垣間(かいま)味わいました。

湯船に浸かっていて、先輩お遍路さんたちから聞いたことを一つ思い出しました。
〈この宿の食堂にはピアノが置いてある〉
のだそうです。
《昔の話かな。今でも置いてあるんだろうか。頼んだら、弾かせてもらえるかな》

質問するのが楽しみでもあり、怖いような気もします。