梁田貞作曲の「城ヶ島の雨」「どんぐりころころ」「とんび」
- 2017/04/26
- 19:09
「城ヶ島の雨」
北原白秋(1885-1942)作詞の歌「城ヶ島の雨」には、梁田貞(1885-1959)作曲のものと橋本國彦(1904-1949)作曲のものとあります。この記事では、前者のみを扱います。別の記事で後者を取り上げます。
歌詞
F爺の記憶の中の歌詞です。原文とは漢字の使い方があちこち違うかもしれません。白秋は、例えば「しんじゅ」を、「真珠」でなく、「眞珠」と書いていた可能性があります。
〽雨は降る降る 城ヶ島の磯に
利休鼠の 雨が降る
雨は真珠か 夜明けの霧か
それとも私の 忍び泣き
舟は行(ゆ)く行く 通り矢の鼻を
濡れて帆上げた 主(ぬし)の舟
ええ 舟は櫓(ろ)でやる
櫓は唄でやる
唄は船頭さんの 心意気
雨は降る降る 日は薄曇る
舟は行く行く 帆が霞む
旋律
この曲は、F爺の高校の音楽の教科書に載っていました。楽譜には、三連音符が目くるめくほど並んでいました。
冒頭は、ト音記号のすぐ後に「♭」が三つ付いていてハ短調。但し四行目の「忍び泣き」には変化音の「ラ♮」が入ります。
その後「舟は行(ゆ)く行く」となる所で「♭」が全て「♮」で置き換わり、陽旋法の民謡風になります。但し「鼻を」は、「ファミドソ」ですから、陽旋法でも民謡風でもなくなります。
「濡れて帆上げた」で臨時に「ラ♭」と「ミ♭」が現われて「短調か陰旋法」になり、その後すぐにまた擬似民謡調に戻ります。
最後の二行の「雨は降る降る」以降は冒頭と同じハ短調ですが、変化音の「ラ♮」を含みますから、単純な短調ではありません。
音域が広く、リズムの変化や装飾音符があり、かつ転調を繰り返すため、難度の高い旋律です。高校生でも、普通の子は歌えなくて当然です。級友は、みんな音(ね)を上げていました。
A「F君は、こんな面倒な楽譜でもすらすら読めるの ?」
F「教科書を買った時にすぐ全部読んでおいたから、もう暗譜できてるよ」
B「F君は、特別だよ。ピアノを弾くしね」
F「いや、逆。ピアノを弾き始めたのは、楽譜がすらすら読めるようになってからなの」
音調無視
梁田貞作曲の「城ヶ島の雨」には、音調を全然尊重していない箇所が多々あります。
冒頭の「雨は降る降る」では尊重していますが、その後は・・・
「城ヶ島の」「磯に」「利休鼠の」「真珠か」「夜明けの」「霧か」「それとも」「私の」「忍び泣き」
・・・と音調無視の連続です。
音調を無視している箇所を茶色の文字で表わすと、次のようになります。
(「端」や「帆」のように標準語でも音調の揺れている語は、灰色の文字で表わします)
〽雨は降る降る 城ヶ島の磯に
利休鼠の 雨が降る
雨は真珠か 夜明けの霧か
それとも私の 忍び泣き
舟は行(ゆ)く行く 通り矢の鼻を
濡れて帆上げた 主(ぬし)の舟
ええ 舟は櫓(ろ)でやる
櫓は唄でやる
唄は船頭さんの 心意気
雨は降る降る 日は薄曇る
舟は行く行く 帆が霞む
音調を尊重している部分が例外になっています。「音調完全無視」と言って間違いありません。全体の印象は、日本語として極めて不自然です。
「どんぐりころころ」
青木存義(1879-1935)作詞・梁田貞作曲の童謡「どんぐりころころ」の音調無視の箇所を茶色の文字で表わすと、次のようになります。
〽どんぐりころころ どんぶりこ
お池にはまって さあ大変
泥鰌が出て来て こんにちは
坊ちゃん一緒に 遊びましょう
〽どんぐりころころ 喜んで
しばらく一緒に 遊んだが
やっぱりお山が 恋しいと
泣いては泥鰌を 困らせた
梁田貞の全作品は存じませんから断定的な言い方は差し控えますが、
「梁田貞は、作曲するに当たって歌詞の音調には無頓着だった」
という結論が出て来そうです。
「とんび」
葛原𦱳(しげる)(1886-1961)作詞・梁田貞作曲の「とんび」では、旋律の動きと歌詞の音調が一致しています。旋律を聴いたり歌ったりしていて、違和感がありません。自然な日本語の歌です。梁田貞作曲の歌としては、奇妙な例外を成しています。
〽飛べ飛べ とんび 空高く
啼(な)け啼け とんび 青空に
ピンヨロー ピンヨロー
ピンヨロー ピンヨロー
楽しげに 輪を描いて
〽飛ぶ飛ぶ とんび 空高く
啼く啼く とんび 青空に
ピンヨロー ピンヨロー
ピンヨロー ピンヨロー
楽しげに 輪を描いて
この歌の成立事情が分かると、謎は氷解します。
梁田貞の作った旋律に合わせて葛原𦱳(しげる)が歌詞を作ったのだそうです(*)。旋律と歌詞がぴったり合っているのは、葛原𦱳の功績です。
(*)『日本唱歌集』(堀内敬三と井上武士、岩波文庫、1958)の208ページの記述に依っています。
予告
ブログ記事〈橋本國彦作曲の「城ヶ島の雨」〉に続きます。
北原白秋(1885-1942)作詞の歌「城ヶ島の雨」には、梁田貞(1885-1959)作曲のものと橋本國彦(1904-1949)作曲のものとあります。この記事では、前者のみを扱います。別の記事で後者を取り上げます。
歌詞
F爺の記憶の中の歌詞です。原文とは漢字の使い方があちこち違うかもしれません。白秋は、例えば「しんじゅ」を、「真珠」でなく、「眞珠」と書いていた可能性があります。
〽雨は降る降る 城ヶ島の磯に
利休鼠の 雨が降る
雨は真珠か 夜明けの霧か
それとも私の 忍び泣き
舟は行(ゆ)く行く 通り矢の鼻を
濡れて帆上げた 主(ぬし)の舟
ええ 舟は櫓(ろ)でやる
櫓は唄でやる
唄は船頭さんの 心意気
雨は降る降る 日は薄曇る
舟は行く行く 帆が霞む
旋律
この曲は、F爺の高校の音楽の教科書に載っていました。楽譜には、三連音符が目くるめくほど並んでいました。
冒頭は、ト音記号のすぐ後に「♭」が三つ付いていてハ短調。但し四行目の「忍び泣き」には変化音の「ラ♮」が入ります。
その後「舟は行(ゆ)く行く」となる所で「♭」が全て「♮」で置き換わり、陽旋法の民謡風になります。但し「鼻を」は、「ファミドソ」ですから、陽旋法でも民謡風でもなくなります。
「濡れて帆上げた」で臨時に「ラ♭」と「ミ♭」が現われて「短調か陰旋法」になり、その後すぐにまた擬似民謡調に戻ります。
最後の二行の「雨は降る降る」以降は冒頭と同じハ短調ですが、変化音の「ラ♮」を含みますから、単純な短調ではありません。
音域が広く、リズムの変化や装飾音符があり、かつ転調を繰り返すため、難度の高い旋律です。高校生でも、普通の子は歌えなくて当然です。級友は、みんな音(ね)を上げていました。
A「F君は、こんな面倒な楽譜でもすらすら読めるの ?」
F「教科書を買った時にすぐ全部読んでおいたから、もう暗譜できてるよ」
B「F君は、特別だよ。ピアノを弾くしね」
F「いや、逆。ピアノを弾き始めたのは、楽譜がすらすら読めるようになってからなの」
音調無視
梁田貞作曲の「城ヶ島の雨」には、音調を全然尊重していない箇所が多々あります。
冒頭の「雨は降る降る」では尊重していますが、その後は・・・
「城ヶ島の」「磯に」「利休鼠の」「真珠か」「夜明けの」「霧か」「それとも」「私の」「忍び泣き」
・・・と音調無視の連続です。
音調を無視している箇所を茶色の文字で表わすと、次のようになります。
(「端」や「帆」のように標準語でも音調の揺れている語は、灰色の文字で表わします)
〽雨は降る降る 城ヶ島の磯に
利休鼠の 雨が降る
雨は真珠か 夜明けの霧か
それとも私の 忍び泣き
舟は行(ゆ)く行く 通り矢の鼻を
濡れて帆上げた 主(ぬし)の舟
ええ 舟は櫓(ろ)でやる
櫓は唄でやる
唄は船頭さんの 心意気
雨は降る降る 日は薄曇る
舟は行く行く 帆が霞む
音調を尊重している部分が例外になっています。「音調完全無視」と言って間違いありません。全体の印象は、日本語として極めて不自然です。
「どんぐりころころ」
青木存義(1879-1935)作詞・梁田貞作曲の童謡「どんぐりころころ」の音調無視の箇所を茶色の文字で表わすと、次のようになります。
〽どんぐりころころ どんぶりこ
お池にはまって さあ大変
泥鰌が出て来て こんにちは
坊ちゃん一緒に 遊びましょう
〽どんぐりころころ 喜んで
しばらく一緒に 遊んだが
やっぱりお山が 恋しいと
泣いては泥鰌を 困らせた
梁田貞の全作品は存じませんから断定的な言い方は差し控えますが、
「梁田貞は、作曲するに当たって歌詞の音調には無頓着だった」
という結論が出て来そうです。
「とんび」
葛原𦱳(しげる)(1886-1961)作詞・梁田貞作曲の「とんび」では、旋律の動きと歌詞の音調が一致しています。旋律を聴いたり歌ったりしていて、違和感がありません。自然な日本語の歌です。梁田貞作曲の歌としては、奇妙な例外を成しています。
〽飛べ飛べ とんび 空高く
啼(な)け啼け とんび 青空に
ピンヨロー ピンヨロー
ピンヨロー ピンヨロー
楽しげに 輪を描いて
〽飛ぶ飛ぶ とんび 空高く
啼く啼く とんび 青空に
ピンヨロー ピンヨロー
ピンヨロー ピンヨロー
楽しげに 輪を描いて
この歌の成立事情が分かると、謎は氷解します。
梁田貞の作った旋律に合わせて葛原𦱳(しげる)が歌詞を作ったのだそうです(*)。旋律と歌詞がぴったり合っているのは、葛原𦱳の功績です。
(*)『日本唱歌集』(堀内敬三と井上武士、岩波文庫、1958)の208ページの記述に依っています。
予告
ブログ記事〈橋本國彦作曲の「城ヶ島の雨」〉に続きます。