「泡」と「粟」は発音が違う

F爺の愛読する『三上のブログ』の2010年5月6日付けの記事「淡島神社、海子」に「詩人の吉増剛造の言」として「淡島の淡は泡であり、稗粟の粟であり、女の人の肌の粟立ち、粒立ちでもあると吉増剛造は言う」とあります。

この説が成り立たないことは、ブログの作者である三上勝生さんに随分前にお伝えしてあり、折り返し「吉増剛造の件の発言では、淡島神社をめぐる民衆の語感や連想、それこそ「民衆語源」に焦点が当てられていたような気がしますが、吉増剛造に会う機会があれば、それを確かめたいと思います」とのご返事をいただいています。その後この件に関して連絡が無いところを見ると確かめる機会は訪れていないようです。

「泡」は、高い音調を太字で示すと、日本共通語では「あわ」、同じく「粟」は「あわ」です。平安朝ならともかく、現代語では掛詞にもなりません。

また、「泡」は歴史的仮名遣いでも「あわ」ですが、「粟」は、千数百年間、「あは」と書くものでした。「あは」の発音は、非常に古い時代には[apa](アパ)だったのが後に[aΦa](アファ)、さらに[awa]と変化したのです。

古代から現代に至るまで(茨城県や南東北などの無音調地域を除けば)完全に発音の違う別語なのです。従って、吉増剛造氏のこの発言は、典型的な素人語源・民衆語源・似非語源です。日本語を正しく理解しようとする全ての人にとって大変残念なことです。

加えて、「花」と「鼻」、「飴」と「雨」、「橋」と「端」と「箸」の例を見ればすぐに分かるように、「歴史的仮名遣いでもひらがな表記が同じである」からと言って「語源が同じである」ことにはなりません。語源は、素人の思い付きで解けるものではないのです。

これに限らず、(北海道と北東北の一部のアイヌ語・マタギ語起源のものを除く)日本の地名の語源説の99.9%以上は、単なるこじつけに過ぎません。

民衆語源は、世界中の民衆や王侯貴族がやっていることで、廃れることは無いでしょう。だからと言って、何も言わずに放置しておくことは、言語学研究者には出来ません。特に、作家だとか詩人だとか辞書編纂者だとかいう肩書の年配の人物が外国人の(非言語学者の)訪問者に言って聞かせた場合には、さも根拠のあることであるかのように信じ込まれて国際的に引用・喧伝されてしまう可能性があるため、言語学者泣かせです。