語族神話(後)
- 2014/03/23
- 01:37
インターネットの匿名情報が「玉石砂泥塵芥糞尿黴毒蛇蝎・・・混淆」であることは、皆様ご存じですよね。
言語の系統に関する記述に関して困るのは、有名な○○大学の実在する□□教授の書いた本にも、権威ある△△書店の出版している本や辞典にも、時代遅れの作業仮説だったり類型分類でさえもない夢想系統論だったりするものをまるで証明済みのことであるかのように得々と述べているものが多数あることです。そのまた孫引きなど、枚挙に暇(いとま)がありません。
例をいくつか挙げます。
「*セム・ハム語族」説と「*アフロ・アジア語族」説
「*セム・ハム語族」説の名は、旧約聖書「創世記」の方舟(はこぶね)の神話に登場するノアの息子の三兄弟、セム、ハム、ヤペテのうち最初の二人の名前を取ったものです。命名法からして、文字通りの神話です。
「*ハム」に相当するはずのものが実在しないので、今では「セム語族」と言います。アラブ諸語、ヘブライ語、アッシリア語などを併せたものです。これに「*ハム」のはず(!)の部分を併せた「*アフロ・アジア語族」説を唱える人がいますが、比較言語学の方法論に依る証明はありません。夢想系統論です。
「*シナ・チベット語族」説
これも夢想系統論です。
「チベット」部分は、親縁関係の確かな言語群があるという意味で、実在します。これと「*シナ」部分との系統関係の証明は、ありません。
そして「*シナ」部分のうち北京語や広東語、厦門(アモイ)語などの部分的な類似性に関しては、専門家によると(*)「漢民族の言語による、多数の土着言語のゆるやかな同化」の結果であり「言語の系統樹説に基づく研究法は、必ずしもすべての言語社会の発展に当てはまるものでなく、波状拡散説の研究方法も、それと同じくらい重要であることを示している」そうです。
(*)『三省堂 言語学大辞典』の第二巻904ページの記述です。執筆者は、橋本萬太郎。
言い換えると「北京語、上海語、閩南語、広東語などの間に多数の共通語彙があるのは、借用に依るものであって、同系だからではない」ということです。
「*シナ・チベット語族」説を唱える人たちは、これに加えてタイ諸語、ビルマ諸語からネパールのネワール語などまで500以上の言語を含めようとしています。大雑把な類型分類と系統論を混同しているようです。
「*ニジェール・コンゴ語族」説または「*ニジェール・コルドファン語族」説
「*ナイル・サハラ語族」説など
アフリカの諸言語に関して「専門家」が「*ニジェール・コンゴ語族」説や「*ナイル・サハラ語族」説などを唱えていますが、いずれも極度に大雑把な類型分類のそのまた試論の段階でしかありません。比較言語学の方法論とは何の関係もありません。なお「語族」という術語を使っているのは何人かの日本人だけで、欧米の「専門家」は、強いて訳せば「諸語」に当たる言い方しかしていません。
「*Républiques turcophones」というフランス語
フランス語のメディアでは、カザフスタンやウズベキスタンを誤って「*républiques turcophones」と呼んでいます。「Turcophone(s)」は、「トルコ語を話す」という意味ですから、この呼び方は間違いです。カザフ語やウズベク語は、トルコ語と親縁関係のあるテュルク諸語ですが、「トルコ語と同系」であることと「トルコ語そのものである」こととは違います。
ところが、この書き方をする新聞記者などには、自分たちが間違ったことを書いているという認識が近年までありませんでした。今でも無い人も多数います。
どうしてこんなことになっているかと言うと・・・フランス人でトルコ語学者という肩書きのある人たちが「トルコ語」を意味する「turc」に対して「テュルク諸語」を意味する混同の余地のない術語を造語していないという驚くべき実態があるのです。
「テュルク諸語」を差す形容詞は、英語では「Turkic」、ロシア語では「тюркский」です。「トルコ語」を差す形容詞「Turkish」「турецкий」とは別語です。
それなのにフランス語では、今のところ、どちらも「turc/turque」(*)なのです(F爺・小島剛一は、英語の「Turkic」をフランス語化した「turkique」という語を勝手に用いますが、少数派に留まっています)。
(*) 男性単数形turc、男性複数形turcs、女性単数形turque、女性複数形turques。
イスタンブールに住んでいるフランス人記者などは、フランスでトルコ語を習得してから現地に赴いていますから、フランス人教師やトルコ人教師の用いた術語で「*カザフ語もウズベク語もturques(トルコ)諸語だ」という言い方をするのです。
これでは、当人たちにそのつもりが無かったとしても、カザフ語、ウズベク語、ウイグル語などを「*トルコ語の方言だ」とする汎トルコ主義者の主張を全面的に支持する形になってしまっています。
F爺・小島剛一が何度かこの重大な誤用を指摘しましたが、フランス語の術語の不備を改めさせるには至っていません。
例えば、Le Mondeル・モンド紙の記者Bruno Philip氏からは誠実な返答と質問をいただいていますが、同じル・モンド紙の別の記者Brice Pedroletti氏からは何の反応も無し。
同紙のもう一人の記者Guillaume Perrier氏に至っては、
「まことにおっしゃる通りなのですが、フランス語には『トルコ語』と『テュルク諸語』を区別して差す言葉は無いので、これまで通りturcという言葉を使い続けます」
という「返事の体(てい)を成さない返事」をF爺宛てに送り付けています。
本当に「まことにおっしゃる通り」だと認識しているのなら、「テュルク諸語」を意味する言葉を造語するなり、英語などから借用するなりすれば良いのですが、そうする意思は無いようです。事の重大さを弁えていないのです。
フランスは、テュルク諸語の研究に関しては、とんでもない後進国です。
言語の系統に関する記述に関して困るのは、有名な○○大学の実在する□□教授の書いた本にも、権威ある△△書店の出版している本や辞典にも、時代遅れの作業仮説だったり類型分類でさえもない夢想系統論だったりするものをまるで証明済みのことであるかのように得々と述べているものが多数あることです。そのまた孫引きなど、枚挙に暇(いとま)がありません。
例をいくつか挙げます。
「*セム・ハム語族」説と「*アフロ・アジア語族」説
「*セム・ハム語族」説の名は、旧約聖書「創世記」の方舟(はこぶね)の神話に登場するノアの息子の三兄弟、セム、ハム、ヤペテのうち最初の二人の名前を取ったものです。命名法からして、文字通りの神話です。
「*ハム」に相当するはずのものが実在しないので、今では「セム語族」と言います。アラブ諸語、ヘブライ語、アッシリア語などを併せたものです。これに「*ハム」のはず(!)の部分を併せた「*アフロ・アジア語族」説を唱える人がいますが、比較言語学の方法論に依る証明はありません。夢想系統論です。
「*シナ・チベット語族」説
これも夢想系統論です。
「チベット」部分は、親縁関係の確かな言語群があるという意味で、実在します。これと「*シナ」部分との系統関係の証明は、ありません。
そして「*シナ」部分のうち北京語や広東語、厦門(アモイ)語などの部分的な類似性に関しては、専門家によると(*)「漢民族の言語による、多数の土着言語のゆるやかな同化」の結果であり「言語の系統樹説に基づく研究法は、必ずしもすべての言語社会の発展に当てはまるものでなく、波状拡散説の研究方法も、それと同じくらい重要であることを示している」そうです。
(*)『三省堂 言語学大辞典』の第二巻904ページの記述です。執筆者は、橋本萬太郎。
言い換えると「北京語、上海語、閩南語、広東語などの間に多数の共通語彙があるのは、借用に依るものであって、同系だからではない」ということです。
「*シナ・チベット語族」説を唱える人たちは、これに加えてタイ諸語、ビルマ諸語からネパールのネワール語などまで500以上の言語を含めようとしています。大雑把な類型分類と系統論を混同しているようです。
「*ニジェール・コンゴ語族」説または「*ニジェール・コルドファン語族」説
「*ナイル・サハラ語族」説など
アフリカの諸言語に関して「専門家」が「*ニジェール・コンゴ語族」説や「*ナイル・サハラ語族」説などを唱えていますが、いずれも極度に大雑把な類型分類のそのまた試論の段階でしかありません。比較言語学の方法論とは何の関係もありません。なお「語族」という術語を使っているのは何人かの日本人だけで、欧米の「専門家」は、強いて訳せば「諸語」に当たる言い方しかしていません。
「*Républiques turcophones」というフランス語
フランス語のメディアでは、カザフスタンやウズベキスタンを誤って「*républiques turcophones」と呼んでいます。「Turcophone(s)」は、「トルコ語を話す」という意味ですから、この呼び方は間違いです。カザフ語やウズベク語は、トルコ語と親縁関係のあるテュルク諸語ですが、「トルコ語と同系」であることと「トルコ語そのものである」こととは違います。
ところが、この書き方をする新聞記者などには、自分たちが間違ったことを書いているという認識が近年までありませんでした。今でも無い人も多数います。
どうしてこんなことになっているかと言うと・・・フランス人でトルコ語学者という肩書きのある人たちが「トルコ語」を意味する「turc」に対して「テュルク諸語」を意味する混同の余地のない術語を造語していないという驚くべき実態があるのです。
「テュルク諸語」を差す形容詞は、英語では「Turkic」、ロシア語では「тюркский」です。「トルコ語」を差す形容詞「Turkish」「турецкий」とは別語です。
それなのにフランス語では、今のところ、どちらも「turc/turque」(*)なのです(F爺・小島剛一は、英語の「Turkic」をフランス語化した「turkique」という語を勝手に用いますが、少数派に留まっています)。
(*) 男性単数形turc、男性複数形turcs、女性単数形turque、女性複数形turques。
イスタンブールに住んでいるフランス人記者などは、フランスでトルコ語を習得してから現地に赴いていますから、フランス人教師やトルコ人教師の用いた術語で「*カザフ語もウズベク語もturques(トルコ)諸語だ」という言い方をするのです。
これでは、当人たちにそのつもりが無かったとしても、カザフ語、ウズベク語、ウイグル語などを「*トルコ語の方言だ」とする汎トルコ主義者の主張を全面的に支持する形になってしまっています。
F爺・小島剛一が何度かこの重大な誤用を指摘しましたが、フランス語の術語の不備を改めさせるには至っていません。
例えば、Le Mondeル・モンド紙の記者Bruno Philip氏からは誠実な返答と質問をいただいていますが、同じル・モンド紙の別の記者Brice Pedroletti氏からは何の反応も無し。
同紙のもう一人の記者Guillaume Perrier氏に至っては、
「まことにおっしゃる通りなのですが、フランス語には『トルコ語』と『テュルク諸語』を区別して差す言葉は無いので、これまで通りturcという言葉を使い続けます」
という「返事の体(てい)を成さない返事」をF爺宛てに送り付けています。
本当に「まことにおっしゃる通り」だと認識しているのなら、「テュルク諸語」を意味する言葉を造語するなり、英語などから借用するなりすれば良いのですが、そうする意思は無いようです。事の重大さを弁えていないのです。
フランスは、テュルク諸語の研究に関しては、とんでもない後進国です。