ホテル明星(あけのほし)の人情

長年の付き合いの人からメールでこんな心温(こころあたた)まる体験のお知らせがありました。

何度目かの歩きお遍路に出て、2019年のある日、室戸岬の近くの安価な某宿泊施設を予約して予告通り午後□時□□分頃に到着したら、貼り紙がしてあって
「臨時休業」
とあったそうです。

《そんな馬鹿な! 何かの間違い・・・》
と思ったけれども、戸には鍵が掛かっている。電話してみた。中で着信音が鳴っているけれど、誰も出ない(*)。

(*) F爺は、自分の類似の体験を思い出してしまいました。あの時は、貼り紙さえも無かったのです。

目の前が真っ暗になり、へたり込みそうになって・・・気を取り直し、遍路地図を広げて、
《背に腹は代えられない。高そうだけど、一泊だけなら》
と覚悟して、そこからさらに何キロも歩いた所にある「ホテル明星(あけのほし)」で泊まろうと考えて・・・電話して事情を話したら
〈うちは観光ホテルだけれども、お遍路宿の料金で構わない〉
ということになったそうです。

しかも、決して上から目線の
「安く泊めてあげます」ではなく、
へりくだった
「お遍路宿料金でお泊めします」
という慇懃(いんぎん)な言い方だったそうです。

観光業に携(たずさ)わる人にも、瞬時に、
〈不運に見舞われて途方に暮れた実直な歩きお遍路さんだ〉
と認識してもらえる声と話しぶりの人でないと、この僥倖は巡って来なかったかもしれません。

その日ホテルが偶々(たまたま)満室だったら、勿論、駄目でしたね。従業員や経営者のその時の気分でも、対応は違っていたかもしれません。でも、
【ホテル明星(あけのほし)に、少なくとも一人、少なくとも2019年のある日一度、〈無責任な宿屋のせいで自分の予算の範囲で泊まれる所が無くて困り果てたお遍路さん〉に救いの手を差し伸べた人がいた】
という事実は、特筆に値(あたい)します。

なお、「ホテル明星(あけのほし)」は、白亜の「室戸青年大師像」(*)のすぐ向かいの大きな宿泊施設です。

(*) 空海(774 ~ 835)の諡号(しごう)「弘法大師」は、921年に醍醐天皇が贈ったものです。生きていた頃の空海は、青年の時も、老年になっても、「大師」ではなかったのです。どうして「青年空海像」と呼ばないのでしょうか。

ホテルの場所は、2012年以来、F爺も知っています。ウェブ検索してみましたが、料金設定は、一人で泊まる場合、お遍路宿の倍ぐらいです。ぎりぎりの予算で歩き旅に出た人は、正規料金を支払うことになっていたら日程を短縮せざるを得ず、泣けてしまったことでしょう。