突然「日本に帰ってしまえ!」と罵詈雑言を浴びせられた

前置き

昨日予告した記事です。

〈フランス下院で黒人議員に「アフリカに帰ってしまえ!」と極右の議員が叫んだ〉と題した記事を執筆しているうちに、50年以上前の出来事の動画像記憶が出現しました。

この記憶が長年意識の表面に浮かんで来なかったのは、恐らく、あまりにも忌まわしい事件だったからでしょう。

口論などしていたわけでもないのに、突然、顔見知りでしかない人に憎々しい口調で「日本に帰ってしまえ!」(*)と罵声を浴びせられたのです。

(*) 人種差別主義者や特定の国の出身者を毛嫌いする輩の好んで用いる
「ここは、お前のような者の来る所ではない。目障りだ。邪魔だ。完全に消えて無くなれ」
という含みの悪罵です。

本文

団員として参加していたある合唱団の練習の後、団員十数人と一緒に、とある居酒屋に入ろうとした時のことです。

F爺の動画像記憶に年月日を示すものは現れませんが、その合唱団の指揮者がJPV氏でしたから、F青年が 24~25歳頃のことです。季節は、秋。10月だったのか11月だったのかは判りません。

F青年が居酒屋の入り口に到着した時、扉が開いて、客が二人、出て来ました。中がもうもうたる煙で一杯であることが見て取れました。

今のような重篤なアレルギーではなかったのですが、大量の副流煙には耐えられないようになっていたF青年は、みんなと一緒に入ることを断念するしかありませんでした。一緒にいた団員にこう言いました。
「煙で一杯だから、僕は入れない。ここまで来たけど、帰る。また来週会おうね」

突然の罵声

その時、F青年の横を擦り抜けて、それまで一度も「こんにちは」以外の言葉を交わしたことの無い(*)ソプラノの団員が大声で乱暴にこう言いました。

(*) 大学合唱団の一つで80人ぐらいの団員がいました。全員と親しく話すことは、不可能だったのです。

「それほど煙が厭なら、日本に帰ってしまいな。日本には煙が無いとでも言うのかい」

店には入らないと決めて「帰る」と宣言したばかりでしたから、その女が何を言おうと言うまいと、F青年の足は、もう帰宅する方向に向かっていたのです。

女は、立ち止まらずに店に入っていました。煙に耐えられないF青年に「店に入って来て言い返すことは出来ない」と知っていて
「Fは、言い返せなかったから議論に負けたのだ」
と周り中に見せ付けたつもりで得意になっていたのです。

しかし、
「すれ違いざまの憎まれ口は、卑劣」
というのが、フランスでも常識です。実際には「議論に負けた」ことには、なっていませんでした。そもそも議論など始まってもいなかったのですから。

帰途

F青年は、
【卑劣な奴らは、相手にしない】
と固く決めて帰途に就きましたが、心は無残に傷付いていました。

《あの女とは、言い争いどころか、まともに言葉を交わしたことが無い。逆恨みされるようなことをしたはずも無い。人種偏見に凝り固まっているだけなのだ。俺の煙アレルギーを口実に一度は浴びせたくて堪らなかった罵声を浴びせたのだ。でも・・・今まで何も言わないでいた他の団員の中にも、人種差別主義者は多いんだろうか》

この時のF青年は、フランス滞在の初期と違って、ヨーロッパでは極東人を差別する輩が存外に多いことを知っていました。しかし、
【虫も殺さぬ顔をしていた差別主義者がある日突然、牙を剥いて至近距離で悪罵を浴びせる】
ことがあるとまでは、認識していませんでした。

《この国には、まだまだ俺の知らない暗い面がある》
とは思い知りましたが、それがどの程度の広さと深さなのかは、この時点では知る術(すべ)がありませんでした。

【差別など物ともしないしたたかさ、しぶとさ】と
【侮られない議論術】
がしっかり身に着いたのは、それから何年も経ってからです。