路上生活者に社会復帰を勧める団体
- 2023/05/26
- 00:39
F爺に話し掛けた見知らぬ女
水曜日(5月24日)の朝、F爺がいつもの運河に架かる橋の袂の階段の上(のぼ)り下りをしている最中に、見覚えのある車が直ぐ近くで停まりました。路上生活者に社会復帰を勧める民間団体のものです。
車から下りて来たのは、中年の女の人ばかり三人。F爺の上り下りしていた階段を下りようとする雰囲気です。「単なる散歩」ではないのでしょう。
階段を上り切ったところで脇に寄って道を開けます。
「どうぞ」
三人のうち二人だけが階段を下りて行きました。
無難な話題
三人目が、その場に立ち止まって、F爺に話し掛けました。
「いつも上り下りをしていらっしゃるんですね」
同じ質問を見知らぬ人にされることに慣れていますから、いつものように返事します。
「登山準備の『日常訓練』です。ストラスブールは真っ平らな街ですから、こういう所で階段の上り下りをしないと、いざという時に足腰が言うことを聞かないんですよ。斜面と平地では筋肉の使い方が違いますから」
「まあ、そうなんですか。登山なんて、私には、とっても無理」
無難な話題で相手の警戒心を解く作戦だったのでしょう。
「路上生活者に社会復帰を勧める□□団体の者です」
ご婦人が、すぐに、話題を変えました。
「もしかして、この橋の下で寝泊まりしている男の人をご存じですか」
「挨拶を交わしますから何年も前から顔見知りではあるんですけど、名前も境遇も訊いたことはありません。路上生活者の中でも寡黙な人です」
「私ども、実は、路上生活者に社会復帰を勧める□□団体の者です・・・」
と、車を見た時から予期していた展開になりました。
「今、私たち、下りて行ってみたら、その人とお話しできるでしょうか」
「いや、この時間帯は、お留守です。この季節だと、朝早く大きな袋を持って町の中心部のほうへ出掛けるようです。午後になって帰って来る時には、残パンの類で袋を一杯にしていますけど、細かく砕いて白鳥や鷗(かもめ)に分けてやっています。あの人の姿を見ると、多い時は50羽ぐらいも集まって来ますよ」
と、この橋の歩道をいつも通る人なら誰でも知っていることだけを伝えました。
「とすると、朝早く来れば会えるんですね」
「さあ・・・。一人でいるのが好きな人のようですから、社会復帰は望んでいないかもしれませんけどねえ」
ご婦人は、階段を下りて行き、下で待っていた二人と橋の下に消えました。
F爺がゆっくりと下りて行くと、三人が戻って来ました。
《すぐ戻って来たから、あの人が焚火をして食べ物の煮炊きをする場所は見つけていないだろうな》
余計なおせっかいはしない主義
この橋の下で何年も前から野営している男が「叶うことなら今の境遇から抜け出たい」人なのか、「隠者のようなと言えなくもない生活に満足している」人なのか、知る術(すべ)はありません。
F爺は、「誰にも邪魔されたくない人」をたくさん見て来たので、相談を受けない限り、こちらからは何も言わないことに決めています。
水曜日(5月24日)の朝、F爺がいつもの運河に架かる橋の袂の階段の上(のぼ)り下りをしている最中に、見覚えのある車が直ぐ近くで停まりました。路上生活者に社会復帰を勧める民間団体のものです。
車から下りて来たのは、中年の女の人ばかり三人。F爺の上り下りしていた階段を下りようとする雰囲気です。「単なる散歩」ではないのでしょう。
階段を上り切ったところで脇に寄って道を開けます。
「どうぞ」
三人のうち二人だけが階段を下りて行きました。
無難な話題
三人目が、その場に立ち止まって、F爺に話し掛けました。
「いつも上り下りをしていらっしゃるんですね」
同じ質問を見知らぬ人にされることに慣れていますから、いつものように返事します。
「登山準備の『日常訓練』です。ストラスブールは真っ平らな街ですから、こういう所で階段の上り下りをしないと、いざという時に足腰が言うことを聞かないんですよ。斜面と平地では筋肉の使い方が違いますから」
「まあ、そうなんですか。登山なんて、私には、とっても無理」
無難な話題で相手の警戒心を解く作戦だったのでしょう。
「路上生活者に社会復帰を勧める□□団体の者です」
ご婦人が、すぐに、話題を変えました。
「もしかして、この橋の下で寝泊まりしている男の人をご存じですか」
「挨拶を交わしますから何年も前から顔見知りではあるんですけど、名前も境遇も訊いたことはありません。路上生活者の中でも寡黙な人です」
「私ども、実は、路上生活者に社会復帰を勧める□□団体の者です・・・」
と、車を見た時から予期していた展開になりました。
「今、私たち、下りて行ってみたら、その人とお話しできるでしょうか」
「いや、この時間帯は、お留守です。この季節だと、朝早く大きな袋を持って町の中心部のほうへ出掛けるようです。午後になって帰って来る時には、残パンの類で袋を一杯にしていますけど、細かく砕いて白鳥や鷗(かもめ)に分けてやっています。あの人の姿を見ると、多い時は50羽ぐらいも集まって来ますよ」
と、この橋の歩道をいつも通る人なら誰でも知っていることだけを伝えました。
「とすると、朝早く来れば会えるんですね」
「さあ・・・。一人でいるのが好きな人のようですから、社会復帰は望んでいないかもしれませんけどねえ」
ご婦人は、階段を下りて行き、下で待っていた二人と橋の下に消えました。
F爺がゆっくりと下りて行くと、三人が戻って来ました。
《すぐ戻って来たから、あの人が焚火をして食べ物の煮炊きをする場所は見つけていないだろうな》
余計なおせっかいはしない主義
この橋の下で何年も前から野営している男が「叶うことなら今の境遇から抜け出たい」人なのか、「隠者のようなと言えなくもない生活に満足している」人なのか、知る術(すべ)はありません。
F爺は、「誰にも邪魔されたくない人」をたくさん見て来たので、相談を受けない限り、こちらからは何も言わないことに決めています。