フランス語の母音音素の数

庶民の言語観が言語学研究者の常識と全く一致しない言語が多数あります。

例えば、フランス標準語の母音音素の数は、鼻母音を含めて16なのですが・・・言語学者でもなくフランス語教師でもないフランス人やベルギー人のフランス語話者をご存じでしたら、こう質問してみてください。
「フランス語には、母音はいくつありますか」

十中八九、こう答えます。
「六つです」(*)

(*)「五つです」と答える人もいます。「六つ目を数え忘れて」いるのです。

決して「数え間違えて」いるわけではありません。フランス語話者の大多数は、本当に「フランス語には母音が六つある」と思い込んでいるのです。

どうしてこんなに大きなずれがあるのでしょうか。

答えは、至極単純なことです。音(おん)としての「母音」とアルファベットの「母音を表わす文字」とを取り違えているのです。

フランス語を書き表すのに用いるラテン文字の中で「母音を表わす文字」は、A、E、I、O、U、Yの六つです。これをいろいろ組み合わせたり符号を付け加えたりして「â」「é」「è」「ë」「eau」「eu」「eû」「ou」「ain」「un」などと綴ってさまざまな音価を表わすのです。面倒なことです。

元々ラテン語の表記のために成立したラテン文字を採用した言語共同体は、どこも大変な苦労をして自分たちの言語を書き表しています。

英語にも「doubt」だの「knight」だの「psychology」だの「gaol」だの、どうやってこんな綴りでこんな発音になるのかと驚く単語がたくさんありますね。

ドイツ語では、たった一つの子音[ʧ](= チャ、チ、チュ、チェ、チョの子音に近いもの)を表わすのに「tsch」と四つもの文字を使います。

それに比べれば、何百年もかけて漢字から日本語表記にぴったりの文字である平仮名と片仮名を作ってくださった頭の良いご先祖様のいる日本語人は幸せです。